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コラム

「聴く」ことの重要性

新聞の読者の声の欄で、「親がテレビに夢中になり、子どもの話を聴いてくれないので『ボクはテレビの中に入りたい』というラジオのトークを聞き、大人が子どもたちの叫びに耳を傾ける必要がある。」という内容の投書がありました。投稿者は、ファミリーレストランや電車の中でなどでも、親が携帯電話に夢中で、子どもが寂しそうにしている光景を見かけるにつけ、『わたしは携帯電話の中に入りたい』と思っている子どもがいるであろうことを懸念していました。

 

子どもは「自分の話を聴いて欲しい、自分に目をかけて欲しい」という欲求を持っています。「高校を中退して非行の方向に走った子どもの多くは、愛情不足や周りに信頼できる大人がいないことが共通点だ」という、ある高校教師の講演会での話を思い出しました。

「忙しいから後で!」と言われたら子どもは『頼る』ことができません。そして、そのまま放っておかれたら『信じる』ことができません。これだけで、もう『信頼関係』は崩れてしまうのです。

 

さて、相田みつをの書集の中に、家庭の一つの役割を表現した文章がありますので、抜粋してご紹介します。

 

「どんな話でも どんな悩みでも だれかれの差別なく『ふうん、そうか、それは大変だろうな…』『さぞ苦しかったろうなあ…』『痛かったろう…こんなになって…』と、相手の立場になりきって 親身に聞いてくれる人 それが観音さまです(~中略~)

居心地のよいところに 人は落ち着きます 落ち着くから 心が安らぎます 人の心に落ち着きと安らぎを与えるもの それが観音さまです(~中略~)

家庭は人間のやすらぐところ やすらぎのある家には 必ず聞き上手の 観音さまがいるものです(~後略)〈二人の門出のためにより〉

 

子どもにとって、家庭が最高に居心地のいい場所であるように、もっと「聴く」という行為を大切にしていきたいものですね。

函館男女共同参画メールマガジン「HAKODATE☆かがやきネット52号」(平成24年9月29日発行)より